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東京地方裁判所 昭和24年(ヨ)413号 決定

申請人

全日本印刷出版労働組合千代田支部愛光堂分会

代表者

闘争委員長

被申請人

愛光堂印刷製本株式会社

主文

申請人の申請は、これを却下する。

事実及び理由

(一)、申請の趣旨

申請人の本件申請は左の如き仮処分命令を求めるというにある。

(1)  別紙目録記載の建物に対する被申請人の占有を解いて、申請人の委任した東京地方裁判所執行吏に保管させる。

執行吏は、申請人の申出があれば、その事務所として使用することを許可せねばならない。但し執行吏はその許可について適当の条件をつけることができる。

(2)  申請人が、被申請人との間に継続中の労働争議解決のため、会談の日時、場所、内容及び代表者の氏名を、一日前に予告して、会談を申入れたときは、被申請人はその会談を拒んではならない。但し被申請人は申請人の申入れた会談代表者と同数の会社代表者を右会談に立会わせることができる。

被申請人が正当の理由で右の会談を拒む場合には、その理由を付して、三日以内に会談すべき日時、場所を指定しなければならない。

(3)  被申請人は、申請人との間に継続中の労働争議を解決しないで、申請人に所属する従業員以外の従業員によつて、争議工場の作業を開始してはならない。

(二)、争いのない事実

左の事実は当事者間に争いがない。

被申請人はその肩書地に本店及び工場を有し、印刷製本等の業務を目的とする資本金九十万円の株式会社である。

申請人は被申請人の従業員をもつて組織された労働組合で、被申請人から右工場内に別紙目録記載の建物を提供されて、ここに申請人の事務所をおいていた。

申請人と被申請人の間には昭和二十一年九月二十四日労働協約が締結され、左の如き条項を約した。

(A)  被申請人は他のどんな労働組合をも認めず、しかも被申請人の従業員は、原則として申請人の組合員でなければならない、又申請人組合から除名されたものは従業員であることができない。

(B)  被申請人は従業員の雇傭・解雇・異動・賞罰その他人事及び労働条件については、申請人の承認を得なければ行わない。

(C)  被申請人は申請人の承認を得なければ、解散・閉鎖・合併・売却・長期休業その他従業員に重大な影響を及ぼす行為をしない。

(D)  被申請人は罷業中でも、労務供給請負業者等と労務供給の契約をしない。

(E)  この協約は調印の日から始まり一ケ年間有効とする。但し期限満了一ケ月前に改定の意思表示のないときは、自動的に更に引続き一ケ年間有効とする。

なお意思表示があつた場合でも、新規の協約が成立するまでは、この協約は効力をもつものである。

申請人は昭和二十二年九月中旬被申請人に対し、基本賃金手取十割増等を要求し、数次交渉したが結局妥結するに至らず、争議に入つて現に争議継続中であるが、その間申請人は争議手段として昭和二十二年十月四日から同盟罷業を、更に同月二十一日から生産管理を行つた。そして右生産管理につき申請人の組合幹部十名は昭和二十三年六月八日東京地方裁判所で建造物侵入、業務妨害罪として有罪判決を受け、その後同年七月七日東京地方検察庁は前記工場内にいた申請人の組合員を一斉検挙し爾来被申請人は申請人組合員の工場内に出入することを禁止している。

(三)、争点

申請人は左の如く主張する。

そもそも労資間に争議が発生した場合、争議当事者は誠意をもつて急速に争議を解決するよう努力すべき義務があり、被申請人がこの争議の解決を放置若しくは阻害するような行動に出ることは労働法規上又労働協約上絶対に許されないものであるところ、

(イ)  被申請人は昭和二十三年五月九日暴力をもつて、別紙目録記載の前記組合事務所から申請人を追出し、板囲いをほどこして申請人組合員等の出入を妨害しこれがため、申請人は被申請人との争議解決の交渉を著しく阻害されている。よつて申請人は右事務所に復帰し、争議解決の交渉を促進するため、申請の趣旨(1)記載の如き仮処分を求める必要がある。

(ロ)  被申請人は昭和二十三年七月七日前記東京地方検察庁による組合員の一斉検挙の際、その工場を閉鎖してから後は、申請人が争議解決のため会談を申入れてもこれに応ぜず、東京都地方労働委員会(以下都労委と略称する)の斡旋においても誠意ある態度を示さないし、たまたま申請人と会談しても不誠意をきわめた捨ぜりふで、争議解決の努力をしない。

(ハ)  却つて、被申請人は組合争議団の崩壊自滅を策し、申請人の一部組合員を誘惑して、いわゆる第二組合を結成せしめ、その他雑員十数名を加えて、昭和二十四年一月中旬から工場の作業再開を図つている右(ロ)(ハ)記載の如き被申請人の行動は労働法規及び

労働協約に違反するもので絶対に許さるべきでなく、そのため争議の解決が著しく阻害されている、よつて申請人は争議の急速円満な解決を期するため申請の趣旨(2)(3)記載の如き仮処分を求める必要がある。

被申請人の主張の要旨は左の如くである。

申請人は昭和二十二年十月二十一日以来いわゆる生産管理と称して被申請人の工場を占拠し、被申請人の経営に関する一切の支配を排除し、申請人独自の立場で右工場施設等を利用して印刷製本の作業を行い、従来被申請人の経営方針にかゝわりなく、新規の注文を引受けてその作業を継続した。しかもその経理は組合の管理下に置き、作業による収益金中から、ほしいまゝに、従来の基本賃金の外その九割に相当する金員を加算して組合員に支給し、これに対する勤労所得税の納付は放置し、且つ工場で消費した瓦斯水道の料金も支払わず、かくてその経理内容は被申請人の要求あるも遂にこれを明らかにしない。のみならず、申請人は被申請人が工場内にある資材や得意先からの寄託品の点検、機械設備の保全状態や修理の要否の点検のため工場に出入することも一切これを禁止し、被申請人の要求にもかゝわらず、争議と何等関係のない右得意先からの寄託品の引渡すら拒否し続けた。

被申請人は一日も早く争議を解決して正常の業務運営状態に復したく、忍ぶべからざるを忍んで譲歩に譲歩を重ねたが、申請人はこれに応ぜず、昭和二十三年三月三十一日右生産管理を指導せる組合幹部約十名の検挙(第一次検挙)があつても、なおこの違法な生産管理を続け、これがため被申請人は莫大の損害を蒙つた。それで被申請人は同年五月九日附で右違法な生産管理を行つた申請人の組合員たる従業員六十三名を解雇した。

ちなみに、右の組合幹部十名は、その後昭和二十三年六月八日前記のように東京地方裁判所で建造物侵入、業務妨害罪として有罪判決を受け、更にその後同年七月七日前記組合員の一斉検挙(第二次検挙)があつて、この生産管理は終つた。そして申請人と被申請人間の労働協約には前記二、(B)項記載の通り被申請人が従業員を解雇するには申請人の同意を要する旨定めてあるが、その後の経営協議会で、破廉恥罪を犯した者は申請人の同意を要せずに解雇し得る旨協定してある。

それで、被申請人がその従業員に対してなした前記の解雇は有効で、現在申請人を組織している組合員は被申請人の従業員ではない。

(イ)  申請人の主張する、元組合事務所のあつた別紙目録記載の建物は、昭和二十二年六月中被申請人が、申請人と合意の上、代りに他の場所を提供して、申請人からその返還を受けたものであり、従つて、昭和二十三年五月九日被申請人が暴力で申請人を追出したようなことはない。

(ロ)  被申請人は申請人の求める争議解決のための会談に応じないというようなことはない。従来いつでも会談に応じているし、今後もまた、いつでも会談に応ずる用意がある。又都労委の斡旋においても、今日まで誠意をもつて争議の解決に努力してきたし、今後も同様であるこというまでもない。

(ハ)  被申請人は申請人の組合員を誘惑して争議団の切崩しを策したことはない。却つて申請人の組合員(六十数名)中、この争議が極左分子の破壊的指導にもとづくもので、従来の組合のやり方は行きすぎであつたことをさとつて、組合を脱退した再建派三十一名が、昭和二十三年九月被申請人に工場の再開を求めて来たので、被申請人もこれに応じ、これらの者を再び雇入れて、同月工場を再開したのであり、かくてその後新たに雇入れた者を合せて現在四十数名の従業員により工場の作業を営んでいる。そして、これらの従業員は愛光堂再建従業員組合なる労働組合を組織している。

なお申請人と被申請人間の労働協約は前記二、(E)項により、調印の日である昭和二十一年九月二十四日から一ケ年の有効期間を経過して、所定の改定の意思表示がなかつたので、自動的に引続き一ケ年延長せられ、昭和二十三年九月二十四日限り失効した。従つて同日以降は被申請人の従業員の雇入等につき、右労働協約の拘束を受くべき理由はない。

(四)、理由

当事者双方提出の疎明資料に基く当裁判所の判断は左の如くである。

被申請人は、昭和二十三年五月九日附で申請人の組合員たる従業員六十三名を全部解雇したので、現在申請人を組織する組合員は被申請人の従業員でないと主張するから、まずこの点を按ずるに、被申請人のなしたこの解雇は、いずれも、右従業員が争議行為としていわゆる生産管理を行つたことを理由としていることが認められるので、これは労働関係調整法(以下労調法と略称する)第四十条所定の労働者が争議行為をなしたことを理由とする解雇というべきである。

そして同条によれば、争議行為を理由とする解雇が有効であるためには、労働委員会の同意を得ることが要件となつているのであつて、この場合その争議行為はたとい違法のものであつても、後記のような例外の場合を除き、その他の場合には、やはり労働委員会の同意を要するものと解するのが相当である。

けだし、労調法第四十条の規定は、その文言上、労働組合法第一条第十一条第十二条等の規定と異なり、争議行為の正当不当にはふれていないし、その立法の趣旨は、たとえ争議行為が違法で、刑事上民事上の責任は免れない場合であつても、それが直ちに解雇に値する程不当であるかどうかの判断は、これを労働委員会の裁量に一任し、使用者側の一方的判断による解雇を禁止せんとする法意であると解するのを相当とするからである。もつとも、その争議行為が著しく違法でこれがために解雇されるのは当然だということが一見して明瞭な程不当なものであつても、なを争議行為を理由とする限りは労働委員会の同意を得た上でなければ解雇し得ないとすることは、右に述べた労調法第四十条の立法趣旨を超えて、不当に使用者の解雇権を制限するものと考えられるから、このような例外の場合には労働委員会の同意を要しないものと解するのが相当である。

本件において、申請人が、被申請人との争議にあたり、争議行為としていわゆる生産管理を行い、その方法として、昭和二十二年十月二十一日頃から被申請人の工場を占拠して、被申請人主張のような行為をなしたことは、一応これを認め得べく、かくの如く申請人が従来の被申請人の経営方針にかかわりなく、申請人独自の立場で作業を行い、作業による収益金中から、従来の基本賃金の外その九割に相当する金員を加算して組合員に支給しながら、これに対する勤労所得税の納付を放置し、かつ工場で消費した瓦斯水道の料金も支払わず、被申請人の要求があつてもその経理内容を明らかにしなかつたというが如きは正当な生産管理の範囲を逸脱するもので、不当違法な争議行為であるといわざるを得ない。がそれと同時にその争議行為は上述のような意味における例外の場合に該当する程著しく違法なものとも認められない。

従つて被申請人のなした前記解雇は労働委員会の同意を得てなしたものでない以上、結局無効であるといわねばならない。

よつて、更に進んで申請人が申請の理由とする主張につき按ずるに、

(イ)  被申請人が昭和二十三年五月九日暴力で申請人を別紙目録記載の建物の部分から追出したという事実はこれを疎明するに足る証拠がない。かえつて、申請人は昭和二十二年六月頃までは右の部分に組合事務所を置いていたけれども、被申請人の申出により、その頃これを被申請人に返還しその代りに同建物内の他の部分(別紙見取図の(ロ)の部分)を組合事務所として、被申請人から提供を受けていたものと一応認められるから、申請の趣旨(1)記載の仮処分申請は理由がない。

(ロ)  申請人は被申請人が昭和二十三年七月七日以降は申請人の求める争議解決のための会談に応じないと主張するが、この点も疎明が十分でない。

もちろん昭和二十三年七月七日前記東京地方検察庁による組合員の一斉検挙(第二次検挙)のため、申請人の工場占拠、生産管理が解かれた後は、それ以前と比べて被申請人がより有利な立場に立ち、申請人との交渉においてより強い態度に出ているであろうことは推測に難くないところであり、その間あるいは被申請人の態度に不誠意の点があるとしても、そういう点はすべからく都労委の斡旋等によりその是正を求むべきで、被申請人が申請人の国体交渉権を否認したりして、全然理由なくこれとの会談を拒んでいることが疎明されない以上、申請の趣旨(2)記載の仮処分申請も亦その理由なきものといわねばならない。

(ハ)  最後に、申請人の組合員以外の従業員による作業禁止の仮処分申請につき按ずるに、被申請人は、昭和二十三年七月七日前記組合員の一斉検挙により生産管理がやんで以来、申請人組合員等の工場内に出入することを禁止していたところ、同年九月になつて、申請人の組合員六十数名の内、この争議が極左分子の破壊的指導に基くもので、従来の組合のやり方は行き過ぎであつたとして、組合を脱退した再建派のものが三十一名に達し再建派の指導的分子として先に申請人組合から除名された者五名を含むこれ等のものが申請人組合とは別に愛光堂再建従業員組合(いわゆる第二組合)を結成し、被申請人に工場作業の再開を求めたので、被申請人はこれに応じて同月工場を再開し、右再建派の内四名は右再建従業員組合を脱退して申請人組合に復帰したが、被申請人はその後新たに雇入れた者をあわせ、現在四十数名の従業員(その内申請人組合脱退者約二十五名、新規採用者二十数名)により作業を営んでいることが一応認められる。

そうだとすれば、被申請人が右の如く申請人の承認を得ないで新たに従業員を雇傭し、申請人の組合員でない組合脱退者や新規採用者を従業員として就業させていることは、一応前記(A)項及び(B)項に掲げた労働協約の規定に違反するように見える。

もつとも被申請人は、この労働協約は前記(E)項に掲げた規定により、その有効期間が一カ年延長せられて、昭和二十三年九月二十四日限り失効したと主張するが、右(E)項の規定は、その第一項但書と第二項の文言から見て、他に特別の事情が認められない限り、右延長せられた一カ年の期限満了一カ月前に改定の思意表示がなければ、更に引続き一カ年間この協約を有効とする趣旨であると解するのが相当であるから、被申請人の右主張は採用できない。

然し、思うに、申請人のように、一企業内の従業員で組織された労働組合が、その企業主と締結した労働協約の前記(A)項の如き約款は、これによつて組合の分裂を防止しその団結を強固にせんことを主たる目的として定められたもので、それは組合の結束が維持され一応の統一を保つていることを前提としているものと解すべきである。ところが申請人の場合前記のように当時六十数名の組合員中、従来の組合の行き過ぎを不満として脱退した者が三十一名(後に申請人組合に復帰した四名を除いても二十七名)に及んで、これらがいわゆる第二組合を組織するに至つているのであつて、このように申請人組合内部に分裂を生じ、多数組合員が集団的に脱退したが為に、右約項の目的とする統一的基盤が失われてしまつたような非常事態においては、も早この種約款の効力が及ばないものと解するのを相当と考える。

従つて被申請人が申請人組合を脱退した従来からの従業員及び申請人組合に加入していない新規雇入れの従業員をもつて、平常通り工場作業を営むことは別段申請人と被申請人間の前記(A)項の約款に違反することにはならないものというべきである。

次に、被申請人の右作業の再開と前記(B)項の約款との関係を考えると、この(B)項の約項は(C)項等の約款と相まつて、組合が企業主の経営に参加し、企業主のほしいままなる人事、経営を制限することを目的とせるもので、それは当然平常の企業経営状態における組合の経営参加を規定したものと解すべきであり、一旦争議が勃発して組合の承認なぞ到底期待しがたいいはば戦時状態にまでその適用があるものとは解し得ない。

けだし、もし前記(B)項や(C)項の約款が争議中でも適用のあるものとすれば、被申請人が申請人に対する争議手段として、その組合員を団体的に解雇するにも、又作業所閉鎖をするにも、すべき申請人の承認を得なければならないことになつて、事実上被申請人側の争議行為は全然封ぜられることになるが、被申請人がこうしたことを約諾したものと推認すべき特別の事情は認められず、むしろ争議の場合における被申請人の対抗手段を封ずることを目的とせる(D)項の約款には、特に争議でも適用がある旨を明定しているのに徴しても、そうした約定のないこの(B)項約款は争議の場合にはその適用がないものといわねばならない。

さすれば、被申請人が申請人との争議中にその組合員全部を解雇した上、旧従業員の一部のもの及び新規従業員を雇傭して作業を営んでも、その解雇が前記のように労調法第四十条違反の故に無効とせらるべきは別として、これらの雇傭、解雇が申請人の承認なきの故をもつて(B)項約款に違反する無効のものということはできない。

要するに、申請人は、現に就業している被申請人の従業員が申請人組合に属せず、又その雇傭につき申請人組合の同意がなかつたからといつて、被申請人に対しその就業の禁止を求め得る理由はなく、結局申請の趣旨(3)記載の仮処分申請も亦ついに失当たるを免れない。

以上の理由で申請人の本件申請はすべてこれを却下すべきものとし、主文のように決定する。

(別紙目録省略)

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